第1話『その瞬間』(お題「愛しい」)

 

 日曜日の朝。

 昨日から泊まっている彼女と、先ほどまで「今日はどこに行く?」的な話をしていた。二人とも仕事は休みの今日。しかしどんよりした空模様と、鳴りやまない風の音に「……今日はやめとこうか」とどちらからともなく口にした。お互い寒いのは苦手だ。特に今は1月も下旬、一年でもっとも寒い時期だと天気予報で言っていたし。

 そんなわけで今は、めずらしくアニメなど観ている。15年近く前の人気作品のリメイク版で、子供の頃によく観ていた。

 「そういえば、妹もこれ観てるらしいの」

 「女の子なのに?」

 「うん、クラスで流行ってるんだって」

 彼女の妹は10歳以上下で、まだ小学生だ。会ったことはないが時々話題に出るので、彼女言うところの「おませさん」であるのは知っている。

 「それでね、最近は先がどうなるか予想し合ってるらしくて」

 「ふーん。でも昔の作品だから、ネットですぐ調べられそうだけど」

 と言うと、彼女は奇妙な笑いを浮かべた。

 「そうなんだよね、たいていの家にはパソコンあるだろうし、扱える子も多いと思うし。でもあの子けっこう頑固っていうか、そういうのはズルだって言い張って、絶対やらないみたい」

 「へえ?」

 少なからず感心を表して相づちを打った。まだ10歳にもならない子がそんなことを言うなんて、ずいぶん頑固というか一本気というか。ましてや、姉の彼女がちらっと言っていた情報によれば、幼稚園の時にはすでに親のパソコンで一人でネットを見ていたという、頭のいい子供が。

 「それこそ、ズルして下調べしてる奴らもいるかもしれないのに?」

 「ていうかたぶんいるんだろうけどね……まあ、あの子は人がどうしてようと自分の思った通りにするから。融通が利かないっていうのかな? 強情すぎて親も負ける時あるんだって」

 と困ったような口調で言うけれど、表情はそれほどでもない。むしろどこか誇らしげに見える。

 年がだいぶ離れているからか、妹に対する彼女の考え方や態度は姉と母親の中間みたいだな、と以前から思っている。今も、少し遠くを見るような彼女の目は、離れて暮らす子供を想う母親みたいだと感じた。

 「なんか似てそうだな」

 「えっ、……私に?」

 「ん、絶対」

 妹のことを頑固とか強情とか言うけど、彼女だって相当なものだ。普段はむしろ、物足りなくなるぐらいに我を通すことはしないけど、意外に思いこみは強いし、一度決めたらよほどのことがない限り譲らない。

 「……うーん、そんな似てないと思うけど。あの子の方が要領はいいし、見た目もだいぶ可愛いから将来きっと」

 「そういうことじゃなくて。なんていうか気持ちがさ、すごい芯の通った、まっすぐな感じが」

 さらりと口から出た言葉に、自分でちょっと照れた。だが彼女の反応はもっと顕著で、目をこれ以上ないほどに見開いた後、ぱっと赤くなる。どこかにある顔色のスイッチを切り替えたかのように、瞬時に。

 何か言い返そうとしたらしく、口をわずかに動かしたものの、言葉にならないようだった。しばらく努力していたがやがて、彼女はふいと横を向き、少しむくれた表情を作る。その表情を見ていると自然に、自分の口元が笑んでくるのがわかった。

 付き合って何年にもなるのに、今でも彼女はこんなふうに、誉め言葉に対しては照れまくる。何度だって言っているし当然本心から思っての言葉なのに、彼女の自身に対しての評価はいまだにさほど高くないようだ。

 もっと自信を持てばいいのに、ともどかしく感じないでもない。だが彼女のそういう、生真面目で控えめなところを好ましいとも思っている。今みたいに照れたあげくに真っ赤になった、居心地の少し悪そうな表情も。

 ――彼女を、可愛い、愛しいとあらためて思う瞬間のひとつ。

 そっぽを向いたままの顔に手を伸ばし、頬を軽く撫でる。肩を揺らして振り向いた彼女に体ごと近づいて、抱きしめた。

 

                                   −終− 

 

 【 → 以下『四季折々』第2話へ続く】